今生きてる奇跡

私は、長いこと、厳格で過干渉な親に

愛されずに育って来たと思っていました。


でもある時、唐突に気づいたんです。

自分が今、ここに生きてるってスゴイことだ・・・!

子どもを育てた方なら、おわかりになるでしょう。


赤ちゃんに「たった一日」でも飲み物を与えなかったら、命に関わります。

脱水症状になって。

という事は「誰か」が私やあなたにミルクを与え続けてくれていた、

って事ですよね。一日も欠かさずに。


一日も欠かさずに誰かが私たちの世話をしてくれた。

それは親だったり、親戚だったり、それ以外の人かもしれないけど、

とにかく誰かの助けがあったわけです。

これって、すごい。

愛情から、または責任感から、

毎日、何年も食べ物を与え続けてくれた人がいた。


私やあなたが、今生きていることが、その事実の証明です。

優しい言葉を掛けてくれたり、自由を尊重してくれたり、

話を聞いてくれたり・・・

そんなことが親の愛だと思っていた自分の視野が、

ひどく狭かったことに気づきました。


愛情って、もっといろんな形があるんだ。

そして私は、これまでの人生で、たくさんの人に、いろんなものをもらってきた。
目に見えるものから、見えないものまで。


「楽しさ」「嬉しさ」から「悲しさ」「悔しさ」などなど、

たーくさんのギフトをいただいてきた。

なんで「悲しさ」や「悔しさ」までギフトなのかって?


だってそれ、みんな私たちの人生に役立ってきたじゃないですか。
それがあったから「強く」なれたり「人の痛みがわかる」ようになれたり。

いやな体験をギフトと呼ぶのは簡単じゃないけど、

乗り越えた後で振り返ってみれば「まあ、あれも自分を鍛えてくれたかも」

くらいは思えるかな。

今生きてる「私」を形づくるパズルのピースは、ものすごい数の体験からできてる。
一つ欠けても「私」じゃなかった。

そこにはたくさんの恩がある。

意識してなかっただけで、実は膨大な量の恩を受けている。
これを誰に感謝したらいいんだろう?!

とりあえず親、友だち、先生。家族に感謝。

・・・イジワルしてきたクラスメートも・・まあ、許そう。

「もう、あのことは、どうでもいいや」私も人生でいっぱい迷惑かけてきた。

あなたにも、そんな人たちがたくさんいるでしょう?

今、この場所に生きてる、って、すごいことじゃないですか?